出島から鳴滝へ。日本の近代医学が芽生えた道を、地元ドライバーとたどる
シーボルトゆかりの地を長崎で巡るなら、行き先は鳴滝(なるたき)のシーボルト記念館と鳴滝塾跡です。
1823年、出島のオランダ商館医として来日したドイツ人医師シーボルト。彼が診療所兼私塾を開いた鳴滝は、市中心部から少し離れた静かな住宅地にあります。この記事では、鳴滝の見どころと物語、そして出島とセットで巡る「蘭学さんぽ」のタクシー活用法を、地元25年のドライバーがご案内します。
シーボルトは、鎖国下の日本に出島のオランダ商館医として赴任したドイツ人医師です。西洋医学を日本に伝えるかたわら、植物や動物、暮らしの道具まで、日本のあらゆるものを研究した学者でもありました。
当時、外国人は原則として出島の外に住めませんでしたが、シーボルトは特別に許しを得て、郊外の鳴滝に診療所を構えます。ここが、日本の近代医学の出発点のひとつとなりました。
シーボルトが開いた診療所兼私塾「鳴滝塾」の跡地です。ここには高野長英をはじめ、日本中から俊英が集まり、最先端の西洋医学を学びました。塾生たちがのちに各地で医学や蘭学を広め、近代医学の礎を築いていったことを思うと、静かな跡地が違って見えてきます。
鳴滝塾ゆかりの地に立つ記念館で、シーボルトの生涯と業績、日本研究の資料を展示しています。オランダ風の外観も見どころのひとつ。展示をひととおり見ると、出島で見た景色が物語としてつながります。
※最新の開館情報は公式サイトでご確認ください。
シーボルトの物語には、続きがあります。長崎で生まれた娘の楠本イネは、日本初の女性産科医として道を切り開きました。一方、シーボルト本人は1828年、帰国の際に持ち出し禁止の日本地図を持っていたことが発覚。国外追放となる「シーボルト事件」を引き起こします。光と影の両方を知ってから記念館を訪れると、展示の一つひとつが深く響きます。
シーボルトゆかりの地めぐり、ご相談ください
090-2507-9761 受付 11:00〜21:00(年中無休)鳴滝は市中心部から少し離れた山手の住宅地にあり、公共交通では少し行きにくい場所です。
貸切タクシーなら、出島→鳴滝を一筆書きでつなげます。出島でオランダ商館医としてのシーボルトを知り、その足で鳴滝塾跡と記念館へ。「出島の中の西洋」から「町に出た西洋医学」へという蘭学の流れが、半日で立体的に分かります。
帰り道に眼鏡橋周辺で川沿いさんぽを楽しんだり、観光客の少ない穴場スポットに寄り道したりできるのも、貸切ならでは。坂の上の記念館まで車で乗りつけられるので、歩くのは見学のときだけで済みます。
鳴滝は住宅地の中の細い道の先にあって、初めての方はまず迷われます。私は先に出島をご覧いただいてから鳴滝へお連れする順番にこだわっています。出島で「シーボルトはここに住んでいた」と知ってから鳴滝塾跡に立つと、同じ景色でも感動がまるで違うんです。道中の車内では、坂を上りながらシーボルトが通ったころの鳴滝の話をお聞かせします。見学のあいだは記念館のそばでお待ちしていますので、荷物も傘も車に置いて、手ぶらでゆっくりご覧ください。
出島+鳴滝の組み合わせなら、短時間のコースでも十分楽しめます。
住宅地の奥の鳴滝塾跡も、車なら迷わずまっすぐ。
歴史の話を聞きながらの道中も、旅の楽しみです。